American Energy Road -Texas-

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アメリカ エネルギーロード ーテキサスー

 

 旅の出発地、テキサス州ミッドランドへ。

 アメリカでは1920年代から石油の採掘が始まり、第二次大戦後は2度目のブームを迎え、70年代に起こったオイルショック後の低迷期を越え、水平式の掘削が行われるようになると、2000年以降は、近代のアメリカンドリームと評されるいわゆるシェール革命に乗り、今まさに3度目のブームを迎えている生粋の石油の街だ。

 ここを出発地に選んだのは、昔観た『ジャイアンツ』という映画の印象からだ。巨大油田というジャイアンツの意味さえもわかっていなかったが、ジェームス・ディーンのはにかんだかっこよさと、テキサスの乾いた土地からオイルが吹き出すシーンがとても印象的に記憶に残っている。

 

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 テキサスはアメリカ50州の一つでありながら、その面積は日本の2倍近くもある。今でこそアメリカを象徴するような場所だが、かつてはテキサス共和国という独立国だった時代があった。その広大な領土の利権をめぐりアメリカとメキシコは戦争をはじめ、結果、カリフォルニアやアリゾナらと共にテキサスはアメリカへと偏入された。ミッドランドはその北西にある街だ。

 車を南へと走らせて、北西からテキサスに入った。このあたりは山もなく、雨も少ない。そのため低い植物しかない平原が続いている。テキサスに入ると映画さながらの古めかしいポンプがぽつりぽつりと遺跡のように続いている。

 

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 車を降りて、ポンプの近くまで歩いた。錆だらけの機械がギーギーと音をたてて、ゆっくりと地下から原油を汲み上げている。こんなものがまだ動いていることに驚いた。

 しばらく眺めていると、老いたポンプは静かに肩を落とし動きを止めた。

“くたびれたから少し休む”と老ポンプの声がした。

まるで自分の意思で動いているようだ。

 この機械たちはいったいどのくらいの間この場所にいるのだろう。オイルを汲み上げているその姿は、たくましくも見えたが、少しかわいそうにも思えた。

 

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 古びたオイルフィールドをさらに走ると、風力発電用の大きな風車が見えてきた。白い風車たちは、夕日を受けながら伸ばした羽を静かにまわしている。こうした風景は訪れる前に持っていた荒々しいテキサスの印象とは違い、長閑で優しく感じた。 

 近年のテキサスは油田開発と同じく、その広大な土地を活かして、 風力発電がとても盛んに行われている。

 ミッドランドがあるパーミアン・バイソンと呼ばれるオイルフィールドの周りにも大規模なウインドファームがいくつか建てられている。以前はオイルカンパニーに、今はウインドファームに土地を提供するという地主たちも少なくない。

 

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 風車に気を取られているとミッドランドの隣街、オッデッサに近づいてきた。

 日が沈みかかった平原にオイルで燃えている炎たちがうっすらと浮かび上がってくる。アメリカではなかなか見ない風景だ。中東かどこかの油田地帯に来てしまった気がしてくる。

 強い原油の臭い鼻を突いた。窓を閉めている車の中まで充満してくる。タオルで口と鼻を覆いながらしばらく走った。

 

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 ミッドランドが近づいてきた。街の手前には、水平掘削機がオベリスクの塔のように建っている。それを眺めながら、日が沈んだミッドランドの街へと入った。

 街中のホテルやモーテルはどこもいっぱいで、仕方なく町外れの安モーテルを探した。特別な観光地でもないかぎり、地方のモーテルが満室になっていることなど滅多にない。日常的に、たくさんの人が仕事を求めてこの街にやってきているということだろう。

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 モーテルに着くと、仕事を終えた5、6人のオイルマンたちが部屋の前に停めたピックアップトラックの荷台をテーブルにして、ビールを飲んでいる。きっと明るいうちから飲んでいるのだろう。たくさんの空き缶がそこら中に置いてあった。

 それを横目に、仕事から帰ってきたメキシコ人の親子が静かに部屋へと入って行った 。彼らもまた、シェブロンで働くオイルマンだ。

 まさにオイルの街という感じだ。煌々と夜空を照らし続ける水平掘削機がことのほか近くに見えた。

 

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 翌朝6時ごろ、ものすごい地響きでビックリして飛び起きた。

 震度で言うなら4ぐらいはある。外に出てみたが、モーテルの工事をしている訳でもない。

 すぐ近くにハイウェイがあり、 大型トラックは昨日からひっきりなしに通っているのだが、そんな揺れではない。夕べのオイルマンたちの車はもうなく、駐車場には私の車だけが残っていた。

 その地響きは、固い岩盤に穴をあけているような感じだ。これが掘削の揺れなのだろうか。

 

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 2分ほどでその地響きは止まった。静かになったモーテルの部屋で、ふっと昔観たアニメを思い出した。大友克洋の「大砲の街」。

 街中が大砲でできている奇妙なところで、子供たちは毎日学校で大砲の勉強をして、女性たちは大砲の弾を作り、男性はひたすら大砲を何処かへ向けて撃つといった内容だ。

 なんだか、急にそのいようアニメーションの中に自分が入ってしまったような気になった。

 

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オイルフィールドへ

 

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 ミッドランドの街中を抜けて、オイルフィールドへ。街のエッジ部分には新しく建てられた大型の多目的施設や新興住宅、高級コンドやホテルが立ち並び、オイルフィールドとの境がなくなっている 。

 地元のドリルカンパニーを訪ねた。

 70年代、地熱発電の掘削で日本に2度行ったことがあるという重役のスティーブ。

 デスクの後ろにあるモニターには、原油の取引額が15秒おきに変動している。

 彼はそれを見ながら、”今日は悪くない” と嬉しそうに何度も頷いた。

 

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 長年テキサスのオイル業界にいるスティーブの話によれば、水平掘削もシェール層への掘削もテキサスでは80年代から行われていて、ミッドランドでも90年代初頭にはもう始まっていたという。

 しかし、マスメディアでは2010年頃からシェール革命と称して、あたかも最近見つかったかのように騒がれる様になった。それはなぜか。

 その質問に、

 "オイルビジネスは、政界と経済界が全てをコントロールしている。"

彼はストレートに答えてくれた。

 つまり、その時の金融、経済状況や戦争などの世界情勢によって事が決まるということだ。

 

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 2000年以降からこの街の住宅や食品など全ての物価が跳ね上がったという。

 この街にはアメリカはもちろん、カナダやメキシコからも労働者がたくさん来る。

 24時間体勢の2勤制、4人1組で働く。彼らは、2週間働いては、2週間休む。そういった行程でオイルフィールドでの過酷な仕事は行われている。現場のトレーラーで住み込み、家族を近くの街に住ましている者や2週間おきに離れた故郷まで戻る者もいる。

 

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 オイルパイプの修理をしている現場で会ったメキシコ出身のガンビーノ。パイプの蛇口をひねって、採れたばかりの水混じりの原油を見せてくれた。この原油は近くの工場でガソリンにして、地下のパイプラインでヒューストンまで送られている。

 彼の収入を聞いて驚いた。聞くつもりはなかったが、誇らしげに自分から言ってきた。平均年収の10倍近くもあるのだから、モーテル暮らしでも、12時間労働でも皆喜んでするはずだ。

 

 

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 ミッドランド周辺のいくつかの小さな街に寄った。だいたいは石油関連の工場が街の半分を占めている。街自体がその為にできたのだろう。外を歩けば、鼻を覆いたくなるほど強烈な原油の臭いがしてくる。

 大きなプラントの写真を撮っている時に、近くの石油関連会社で働く男性が、「写真を撮っていると注意されるかもしれないから気をつけな」と優しく教えてくれた。

 なんでも9.11以降はこうした大きなプラントはテロや事故を警戒しているのだという。 もし、何かあれば、大きな被害がでるような施設の警戒は厳しいのだという。

 

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 ここの大きな工場はオイルをガソリンに精製する工場だと、向かいのハードウェアストアーのおばさんが教えてくれた。

 それにしても臭いがすごいねと思わず口にしてしまったら、おばさんは苦笑いしていた。少し嫌な思いをさせてしまった。つくずく自分の身勝手さを感じる。

 大勢の人がこの街で暮らしている。こういった場所のおかげで、私達はガソリンを使えるのだから感謝をしなければいけない。けど実際は、街全体がガソリンスタンドのようなこの街には、絶対自分は住みたくないと思ってしまう。

 

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 翌朝、ミッドランドを出発した。まだ陽が明けていない暗い道をフォードやシボレー、ダッジなどの大型の4輪駆動車ばかりが走っている。そういえば、この辺りでは日本車はほとんど見かけなかった。オイルも安く、経済も潤っているテキサスの街では、燃費や性能は二の次といった感じなのかもしれない。

 窓から明けてきた街を見ながら、現場で働くオイルマンやモーテルにいた労働者たち、ハードウェア屋のおばちゃん、今回出会った人たちを思い出した。

 彼らを見ていると幸せそうだし、楽しそうだ。けど、その一方で彼らは何の為に働いているのだろうかと思ってしまう。

 それは生活、生きる為なのだが、仕事のために住む場所やその生活も気にしないのであれば、働く為に生かされているのと同じではないか。そんな風に思えてきてしまった。

 

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 一昨年、北極海の油田開発に揺れるアラスカの小さなエスキモーの村を訪れた時には、村人たちは何年も続いているこの問題に疲れきった様子でその多くは口を閉ざしていた。少数の人が 政府や環境団体に向けて小さな反対の声をあげてはいたものの、家族や親戚、友人の間にわだかまりを作りながら、静かに開発は進み続けている。

 まるで、原子力発電所や使用済み核燃料置き場を誘致された日本の村のようだった。北極海の油田開発が進めば、彼らの祖先から伝わってきたクジラ漁はできなくなる。

 おそらく、たくさんの村人はこの場所で生きる意味を失い、村から離れるかもしれない。それともこの村も、テキサスの街のように、オイル村として栄えていくのだろうか。

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アメリカ エネルギーロード テキサス編終わり。第二部はニューメキシコ編。

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