GRIEVING THAT COUNTRY short column about Japan

彼の国を憂いて 

ショートコラム・シリーズ vol.1

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築地市場

 

 日本に帰るたびに必ず訪れる場所がある。東京の下町で育った自分には、その場所の持つ風情や活気が、とても居心地良く感じるからだ。新しくもなく、古すぎもしない。そこには、いい感じのリアルな日本が存在している。

 中央卸売市場が築地に建てられてたのは、関東大震災を経た1935年。江戸時代からこのあたりは漁師町として栄えてきた 。市場ができて80年、戦争の間も東京の食を支え続けてきた。そんな築地市場が今年の11月でなくなってしまう。正確には移転をするのだが、新しくなってしまう建物や共に歩んできた場外市場を残したまま場所を変えてしまうのだから、私にとっては、なくなってしまうのと同じことだ。

 

 時代の流れには逆らえないということかもしれない。ここ築地でも、昔は魚を乗せて、腰で引く“引っぱり車”と呼ばれる大八車が、いつからかガソリンで走る車になり、そう呼ばれていたことを知る人も少なくなった。

 一歩場内に足を踏み入れると、ターレットと呼ばれるそのガソリンで走る立ち車が、クラクションを鳴らしながら人と人の間を結構なスピードですり抜けていく。ここでは人より魚を乗せたそのターレットが優先ということらしい。この雰囲気がなんとも言えない。市場の中は、外の世界とは違う法で時間が流れているのだ。縦横無尽に駆け巡るターレット、それを運転する市場人の姿、それが今の築地の名物になっている。

 

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 明け方5時すぎから始まるマグロの競りを観るには、まだ暗い3時ごろから並ばないとならない。120人の定員にもれないように大勢が夜明け前から並んで待つ。しかし、 その中には、残念なことに日本人の姿はない。いても私を含め、2、3人といったところだ。ほとんどが外国からの観光客で、アジア系やヨーロッパ系とさまざまだ。

 

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 買い手はマグロの尾のあたりの肉を手かぎという小さな鎌でえぐり、懐中電灯で照らし、匂いを嗅いだり、舐めたり、その魚の良し悪しを判じている。自分の気に入ったマグロが決まるとその前で競りを待つ。木箱の上に乗った競り師が、鐘をならし競りが始まった。

 私が聞いていてもさっぱりわからない競りの掛け声が場内にリズム良く響き、競り師の体もそれに合わせて揺れるように動いている。買い手は手を挙げたり降ろしたりしている。興奮気味な外国人の観光客たちの目の前で、大きなマグロが次々と売り買いされていく。彼らは、夜中から待っていたことなどすっかり忘れた様子で楽しんでいるようだ。

 

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 マグロの競りが終わる頃、昇り始めた朝日が場内に差し込む。市場はさらに活気で溢れだす。新鮮な食材を求め、一流料亭から、下町の寿司屋まで、魚や海産物を取り扱うたくさんの人たちで賑わうのだ。 仕入れの様子を垣間見てみた。ところ狭い場内のいたるところで、買い手と売り手が毎日顔を合わせているといった様子だ。世間話や冗談が飛び交っている。その間も魚を見る目の真剣さはお互い失わない。何年も築き上げた売り手と買い手の信頼がこの毎日を支えているのだ。”粋”(いき)と呼べる世界がここにはあると思った。

 市場の活気が一通り落ち着いたお昼近く、場内の名物店でご飯を食べるために、大勢の人がやってきて列を作り始める。そして、今度はその多くが日本人だった。なんだかなと思ってしまう。

 

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 建物の老朽化がしばしば、移転の理由に挙げられるが、はたして本当にそうなのだろか。この市場にしても、あと何十年かしたら、もしかすると文化遺産になるかもしれない。老朽化が理由で取り壊さないといけないのなら、日本にはお寺や神社は一つも残ってはいないだろう。

 移転後のこの跡地には、2020年の東京オリンピッックのための施設が建てられる予定になっている。何を求めてこの築地市場に外国から大勢の観光客が訪れているのか。それに気がつかないで取り壊してしまうのだから、独りよがりの “おもてなし” ほど馬鹿げているものはない。

 

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